科学

2010年10月30日 (土)

大麻の安全性を主張する文章のオソマツさ

 大麻の安全性とかいう文章が,ときどきネット上にあったりする。
 ちょっと読んでみればわかるが,そのほとんどが学術的なトレーニングを経ていない人の文章であり,読むに値しない。
 似非科学な文章ほど,読んでいて辛いものは無い。
 大麻関係のその手の文章によくある表現について,以下に列挙してみた。


> 欧米の最新の科学的研究に基づき

 出羽守的な論調が,まず最初にくるのが特徴である。
 中身は空っぽな文章,筆者自身が理解していない文章ほど,とりあえず 『欧米の』  『最新の』 などというコトバが入るものである。


> Herkenham らによる大麻受容体の発見

 あたかも脳内に,大麻の受容体が存在するような書き方であるが,それは間違いである。
 受容体とは何か,アゴニストとは何か,ということがまるでわかっておらず,生理学の試験をすれば落第である


> ニューロンは情報を作成,統合,伝達する,体内で最も高度に分化した神経細胞である。

 まるで,ニューロンが神経細胞の一種であるような書き方をしている。 ニューロンでない神経細胞があるというのか?
 『ニューロンとはすなわち神経細胞であり,神経情報を作成,統合,伝達する,高度に分化した細胞である』 と書くべきである。
 もしかしたら,ニューロンという概念を理解していないのでなく,基本的な国語力が欠落しているのかもしれない。 
 いずれにせよ,こういう恥部のような表現が散りばめられた論文というのは,説得力は皆無なのである。
 失格。


> 神経伝達物質はニューロン間の間隙をつなぐことによって,ニューロンの相互コミュニケートすることを可能としている。

 実におかしな書き方してる。 どこかの翻訳サイトで和訳したかのような,変な文章である。
 神経伝達物質がシナプス間隙をつなぐとは一体どういうことか?
 勉強不足以前に,日本語すら満足に書けないようだ。


> ニューロンは神経伝達物質毎に数千のオーダーの受容体を持ち,各々の神経伝達物質は脳に対して多様な影響を与えることができる。

 これも,まったくおかしな書き方してる。 脳は神経細胞で出来ているのであり,神経細胞が神経伝達物質を放出して,互いに作用しあうのだ。 それが 『神経伝達物質が脳に影響を与える』 とは,まさに堂々巡りであり,文としての存在意義がまるで無く,あたかも字数と漢字数を増やすために埋めあわせたような文である。
 このように神経生理に関する基本的な概念を説明する段階で既にロジックが破綻しているとは,一体どういうことだろう。
 あまりにお粗末としか言いようが無い。 


> ドーパミンは神経伝達物質の一種であり、非常に強い多幸感をもたらす。

 ドーパミンが放出される部位によって,その作用はさまざまであって,何も多幸感をもたらすための伝達物質というわけでは無い。
 まったく,神経伝達物質というものの概念が,まるでわかっていないような書き方である。
 強化学習に関与すると言われているだけで,べつに脳に限らず脊髄でもドーパミンが重要な役割をもつことは知られている。
 脳の報酬経路でのドーパミン放出が多幸感の発生に関与するといわれているだけである。 だからといってドーパミン=多幸感供与物質というわけではない。


> ドーパミンを遊離する神経性機構は「脳の報酬システム(brain reward system)」と呼ばれれている。

 これも前回と同様の間違ったステートメントだ。  『脳の報酬系』 にドーパミン作動性のニューロンが多く集まっていると言うべきであり,何もドーパミン作動性ニューロンの神経機構が報酬系なのではない。 論理がひっくり返っている。
 そもそも,ドーパミンを 『遊離する』 なんて言い方はしない。 ふつう神経伝達物質というのは 『放出』 されると言う。
 それ以前に,  『神経性機構』 って一体何だ? 書いた本人すらよく意味がわかっていないのだろう。
 神経生理学についての基礎知識がまるで無いような人が書いた文章であることは明らかだ。


> コカインはそのドーパミンの再取込を妨げるため、バイオフィードバック機構の欠如によって脳はドーパミンを生産し続ける。

 もう,だんだん添削するのが疲れてきた。 何だろう,バイオフィードバック機構とは一体何のことであろうか?
 コカインの作用はがドーパミンの再吸収を阻害するのは正しいけれど,それがどうしてドーパミンの生合成が促進されるのか? 放出されたドーパミンが細胞外に長く残留するのであって,ドーパミンが生産されるのではない。 これと似たような間違いが,この後も続くが,論理の破綻以前に,これを書いた筆者がいかに無知であるかが露呈されている。  もう一度基本から勉強しなおした方がよい。


> ラットへの薬物投与により誘発されるドーパミンの生産をミクロ透析によって計測する研究においては、アヘン剤、コカイン、アンフェタミン、ニコチン、アルコールの全てがドーパミンの生産に影響を与えたのに対して、大麻は影響を与えないことが証明されている。
すなわち、大麻に依存性が無いことが証明されたのである。

 ドーパミンの生産という細胞レベルの話から,依存症という個体レベルへと,論理が飛躍しており,その間をつなぐ説明が全くなされていない。 というより,おそらく筆者は自身の論理が飛躍していることにすら気づいてはいないのだろう。
 はっきりいって,アタマの悪い人の文章であるとしか言いようが無い。
 この筆者の理解レベルは,ドーパミン合成量の増減=依存症の有無,あるいは多幸感の有無,という短絡的なもののようである。


> 大麻はドーパミンに影響を与える他の依存性ドラッグとは異なるメカニズムでハイに達することから,依存性ドラッグへのゲートウェイ・ドラッグにはなり得ないと言えるのではないか。

 なんだか意味不明であるが,筆者の論理は結局 「メカニズムが違う」 から 依存性にはならない,ということらしい。
 GABA作動性の抑制性ニューロンの役割や,二次達物質のはたらきに関してはまるで空白であり,自分が勉強不足であるところは,とりあえず蓋をしてしまえ,というような論調である。
 以下,まだまだ続くのだけど,もう充分だろう。
 はい,リジェクト。

 ようするに 『大麻の安全性』 などと説いてるような文章というのは,概して論文と呼べるようなモノは何一つない。
 読むだけ時間の無駄であった。

 時事ニュース・ランキング  

 学生の6割「大麻手に入る」 県立大意識調査 広島
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101029-00000084-san-l34

 

 マリフアナ合法化、住民投票でNO!…米加州
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101103-00000514-yom-int

 

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2009年11月22日 (日)

ワクチンの副作用とインフル発症による死亡率の単純比較

 新型ワクチンを接種され,その直後に亡くなられた方は,450万人のうち,21人いるという  

 つまり, 『予防接種後の死亡率』 というのは,0.00047% になる

 一方,新型ワクチンを発症して医師による診断を受けた900万人のうち,不幸にも亡くなった人は65人いるので, 『発症した場合の死亡率』 は 0.00072% と言われている

 ただし,ここで注意したいのは,国民の八割以上がまだインフルエンザを発症すらしていないという点だ
 インフルエンザを発症するのが14人に1人なのだから,これを加味すれば, 『予防接種していない人が新型インフルで死亡する確率』 というのは,現時点ではまだ 0.00072の14分の1の 0.00005% でしかなく,200万分の1と極めて小さい値となる

 つまり現段階では, 『即急に作られた新型ワクチンなんて接種しない方が10倍も安全である』 ともいえる
 もちろん予防接種後の死亡例がすべてワクチン接種が原因であると仮定した場合だけど

 予防接種していない人が新型インフルで死亡する確率 (0.00005%)が,接種された人の死亡確率(0.00047%)を上回らなければ,予防接種を受ける意味は無いように思うのだが

 私の拙い単純計算によれば,そうなるのは,新型インフルエンザの発症者が,国民1.6人あたり1人になったときだ
 これから発症者数はもっと増えていくのだろうけど,でも日本の場合1.6人に1人というのは,発症者がおよそ六千万人を超えるということであり,これはちょっとありえないようにも思う

 しかし,これから持病とか持たない健康な人が接種されるようになればワクチンによる死亡率はどんどん低下してゆくだろうし,発症者数もどんどん増えてゆくだろうから,少なくともいつかは逆転するのだろう 
 それに,この計算は “死亡者数” だけで計算したのであって,死なないまでも三日とか寝込んでしまうことを考えたら,やっぱり安心料として3600円出して接種してもおいて別に損は無いのだろうとは思う


 <新型インフル>ワクチン副作用「重大懸念なし」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091121-00000033-mai-soci

 

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2009年6月27日 (土)

作成されたマウス

 自閉症患者と似た染色体異常をもつネズミを,広大の研究者が作ったんだそうだ。


 ふつう,生き物を 『作った』 とか, 『作成』 したなどとは言わないし,言うべきでないと思う。
 それは生命倫理云々からして当然のことだと思うし,技術的にも,研究者は操作を加えているだけであって,生命そのものがつくられたのは,ネズミの母親の 胎内だ。 内匠氏の研究室で作成されたのは,自閉症マウスの実験系モデルだ。 そういう生命倫理に関しては,生物を使った研究者は,発表する際にすごく気 を遣っているはずだ。 こういうダメ記事がそれを台無しにしている。

 In the new study, Takumi's team generated mice with a duplication of a region on their chromosome 7, mirroring the autism-linked abnormality seen in humans.
 (Engineering autism: Mice with extra chromosome region show many autistic signs)

 おそらく,この “generated” を馬鹿直訳して,こういう海外記事の丸写しみたいなダメ記事を “作成” したのだと思われる。
 英語の generate には, 『何かを生み出す』 という意味も含まれるけれど,日本語の 『作成』 には,本来人の手で何かを作るという意味しかない。 それも主に書類や計画などだ。

 記者の語彙力というか語彙センスの低下,それにこういう直訳記事を載せただけ,みたいな記事が,最近のマスコミでとくに目に付く。

 

 

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2008年12月28日 (日)

受容体レベルでの神経修飾作用

 神経機能においてシナプス伝達とならんで重要なものとして,神経修飾作用 (ニューロモジュレーション) がある。
 神経細胞の膜の興奮性や,伝達物質の放出機序を様々に変えることで,神経活動を様々に変化させる作用のことだ。
 ふつう神経修飾作用と言ったばあい,カルシウムやcAMPなどの細胞内の二次伝達物質が関与する。 ところが味覚受容細胞においては,必ずしも細胞内シグナルを介さなくとも神経修飾効果を及ぼしうるようだ。

 <うまみ>昆布、かつおだしの相乗効果…仕組み解明
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081226-00000030-mai-soci

 昆布だしのグルタミン酸と,かつおだしのイノシン酸を合わせたとき,単に加算された以上にうまみが増す 「相乗効果」 が起きるらしいのだけど,その仕組みはどうもリセプター分子レベルで起こっているらしい。 イノシン酸が結合したときに受容体が閉じた構造になるために,グルタミン酸が安定して中にとどまってうまみが増強させるんだそうだ。 
 味覚受容もリセプターを介したひとつの神経応答であり,このイソシン酸の作用というのは立派な神経修飾作用であるといえるのだけれど,こんなふうに細胞外からリセプター分子に直接作用することで,その応答性を変化させるという神経修飾作用もあるのかと,改めて感心させられた。

 そういえば嗅細胞におけるニオイ応答においても,特定のニオイ応答を抑制するニオイ分子がある,という話を聞いたことがある。 それをうまく利用したのが防臭剤というわけなのだけど,今回の話はその逆のパターンともいえる。

 時事ニュース

 

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2008年12月21日 (日)

似非科学議論の氾濫

 「野球人の錯覚」 (東洋経済新報社) という本が出版されたらしい。
 ヤフーのニュース記事 (産経新聞から引用) だけを読んでみると,首をかしげたくなる。 筆者が解析したものが本当に野球の流れや試合の流れというものを反映しているとは思えないからだ。 そういう部分的なデータ抽出で差がみられないからといって,それを野球全体の話にもっていこうとするのは大きな論理の飛躍であり,ちっとも科学的ではない。

 このごろはこういうネガティブ・データに基づいた “似非科学議論” が目立つように思う。 この本の内容はまだ詳しく読んでいないけれど,ニュース記事を観るかぎりおそらく大半がそういう議論だろう。 こういうサイエンスを知らない人間が国立大学で教鞭をとっていること自体おかしい。

 日本の科学番組や読み物でも部分的なネガティブ・データを引き合いにだして,何かを “科学的” に論じているのを時々見かける。 科学を知らないんだなと思うし,日本の理科教育や論理教育の問題の深刻さが,こういう部分に出てくるのだろう。 こんな似非科学分析モノを真に受けてるようだと,どんなデッチアゲ話でも 『科学的』 の一言をつけるだけで人々は容易に騙されてしまうだろう。 北朝鮮の遺骨DNA鑑定の話題を思い出す。

 『日本側は, 「DNA鑑定の結果,横田さんの遺骨であるという証拠が得られなかった。 だからこれは横田さんの遺骨ではない」 と言っていた。 が,これは大きな間違いである。 証拠が出ないものは,わからない,としか言いようが無いのであって,そこから否定的な結論を下すことは出来ない。
 日本側は北朝鮮に対して圧倒的な科学力の差を見せ付けることで交渉を有利に進めようという意図があったようだが,むしろ日本のマスコミも日本の政治関係者も,あるいは自称・世界最高水準の研究機関も,科学や論理的思考というものに疎いということを世界に宣伝しただけに終わったように思う。』

 (by 八咫漫稿飛来太)


 「四球で出塁させるなら、ヒットの方がましですね。試合の流れが悪くなる」

 これは本当だ。 試合の流れというのは,べつにその回のことばかりではない。
 投手の心の隅には 『自分がいつ乱調して思い通りのところに球が入らなくなるのではないか』 という不安が常にある。 それに球数の問題もある。 同じ一塁に出塁されるのなら,ヒットで出塁された方がはるかに体力的にも精神的にも楽だ。 もちろん,粘りに粘られた挙句にヒットされる場合もあるが,そうなるとまた話は違ってくる。 自分が何かで失敗したときは,相手がノッてくる場合もあれば,逆に気負って失敗してくれることもある。 そういう精神的なものが複雑に絡みあって,その効果は試合のずっと後になって出てくることもある。
 そこらへんを全部一緒くたのごっちゃ混ぜにしておきながら,抽出データだけはその回の得点率だの裏の得点率だの,というふうに筆者が独断で選んだ一箇所に絞られている。 そんな解析方法による結果で差が出ないのは当然だと思うし,それを論じたところで,そこに何か意味のある傾向が出てくるとは思えない。 そしてそういう似非議論の結果から 『野球人の錯覚』 などという結論に導くのは大きな間違いだと思う。 

 この本の筆者は野球観戦が好きらしいけれど,自分自身が野球の試合というものを実際にやったことがないのではなかろうか。

 時事ニュース

 野球のセオリー、実は“錯覚” 名古屋大大学院・加藤教授らデータ分析
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081220-00000078-san-base

 

 

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2008年11月12日 (水)

鼻づまり時にみられる感覚野応答の短期的可塑性

 J. Neuroscience は,発刊して以来ずっと質の高さを保っている,いい雑誌だと思う。  J. Neurophysiology の方が由緒あって古いのだけど,こちらはなんだか玉石混交になってしまっている。 できれば J. Neurosci に出したいし,そこでリジェクトされたとき,J. Neurophysiol に出すことを考える。 J. Neurosci を狙った論文なら,J. Neurophysiol に出せば大概通る。

 さて,東大医学部の森研究室が面白い論文を発表していた。
 感覚性入力に対する大脳皮質の応答が,その入力の強弱に応じて柔軟に変化し,左右差が補われるという話らしい。

 片鼻詰まると脳も対応=におい知覚領域、すぐに切り替え-東大
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081112-00000029-jij-soci

 題材が鼻づまりであることから,我々人間にも身近に感じられて面白い話だ。
 片方の鼻が詰まったとき,詰まった方の鼻腔粘膜から脳へと送られるシグナルが急に弱まるかするのだろうけれど,そういう時は反対側からの入力に対する感受性がアップするかして補われるものらしい。

 このように脳機能というのはガチガチに固定されたものでなく,いろんな状況に応じて感度を変えて柔軟に対応するし,また常に機能をバックアップするようなはたらきを備えている。 脳がもつ柔軟性のうち,長期的に変化するものは 『記憶』 とか 『学習』 といった役割を担うと考えられているし, 一方,感覚情報の処理や,複雑な運動パタンを作り出すときも神経回路のはたらきは外界環境や身体状況に応じて柔軟に変化している。 脳機能の長期的および短期的な柔軟性,あるいは可塑性こそが,脳を理解する上での重要な鍵となるようだ。 

 この論文では,おそらく感覚入力に対する応答の大きさをイメージング技術で可視化して測定しているのだろうと思う。 あるいは嗅覚入力に対する皮質ニューロンの感度や応答の変化が具体的にどういうメカニズムで生ずるのか,というところまで考察しているかもしれない。 だとしたら,おそらく抑制性のGABA作動性介在ニューロンのはたらきが関与しているという話か,あるいは神経修飾物質が関与しているのではないだろうかと想像する。

Compensatory Rapid Switching of Binasal Inputs in the Olfactory Cortex
Shu Kikuta, Hideki Kashiwadani, and Kensaku Mori

 筆者はまだ若い院生の方らしい。 今週末から始まるニューロサイエンス学会に行かれるのだろうか。
 今後の活躍に期待したい。

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2008年11月 5日 (水)

軽油をつくる菌類

 パタゴニアの熱帯雨林で,軽油とよく似た化合物を作り出す菌類がみつかったのだそうだ。

 Scientists discover Patagonian diesel that grows on trees

 木の中で生育するこの菌 (Gliocladium roseum) は,セルロースを分解して起爆性をもつ炭化水素化合物を生成するらしい。 可燃性の有機物を合成する微生物は他にも沢山いるらしいのだけど,燃料として実用化できそうなのはなかなか無いのだそうだ。
 近い将来,紙くずや古材木から燃料が作られる日がくるのかもしれない。

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2008年10月23日 (木)

セロテープからX線

 セロテープをひっぺがす瞬間に,なんとX線が発生するんだそうだ。 まったく驚きだ。
 ただし,真空中でないとダメらしい。
 今週のネイチャーの表紙にもなっている。

 Nature

 人工ヤモリの足といい,このセロテープの話といい,こういう話は大好きだ。 意外なところにまだまだ人間の知らない自然の秘密があるものだ。

 まだ読んでないので詳しくはわからないけれど,粘着テープが実際に剥がれている部分というのは細い一本の線状になっているわけで,そのとき引っ張る力の全てがその線に集約されるからじゃなかろうか。 テープが剥がれている線の部分で粘着剤がほんの一瞬伸びてまた縮むときに発生するエネルギーというものは膨大なものになるらしく,おそらくその一部がX線として放射されるのだろう。

 この方法を利用すれば,特に高電圧など発生させなくとも廉価にX線を発生させることができる。
 いろんなことに応用できそうだ。

 真空中でないとX線は出ないらしいので,普段ふつうにセロテープを使っていてもX線にさらされる心配はないらしい。

 

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2008年10月21日 (火)

ヤモリの足の実用化

 ヤモリや蜘蛛が壁や天井を這ったりできるのは,足先に密生した細かい毛がつくりだすファンデルワールス力という不思議な引き合う力によるものらしい。 
 この力を利用した接着素材の実用化に成功したんだそうだ。
 これはすごい発明だ。

 Mimicking Gecko Feet: Dry Adhesive Based On Carbon Nanotubes Gets Stronger
   

 ただ,カーボン・ナノチューブがポロポロと壊れて空気中に飛散したりしたら・・・ という懸念もある。 これを吸い込んだりしたらアスベスト同様にかなり人体にとって危険なのではなかろうか。

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接着力、ヤモリの最大10倍=炭素ナノチューブで面ファスナー-米チーム    
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081021-00000009-jij-soci

 

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2008年10月15日 (水)

『動物解剖反対』 という名の少女

 解剖や実験のために動物を犠牲にすることに反対して,自らの名前を
 “CutoutDissection.com
 というURLに変えてしまった女性がいるんだそうだ。

 Woman changes name to a URL to protest dissections

 実験のために動物を殺すのは,たしかに可哀想だ。 反対したくなる気持ちもわかる。
 しかし,どんなに技術が進歩したとしても,動物を生かしたまま生命原理の本質を理解するなんてことは,まず不可能だろう。 食べるのと同様に,知を得るためにも時として人は動物を殺さなくてはならない。

 『人はパンのみにて生きるにあらず』 とイエスが言ったという。 人間は肉体の欲求を満たすために生きているのでなく,心を養うために生きているということだ。 食っちゃ寝して生きるだけの存在ならば人間も他の動物と何ら変わりない。
 人間の糧となる 『神の言葉』 とは 『知』 だと解釈している。 人は食べ物だけでなく,知を食べて生きる動物だ。 人間が他の動物と違う点は,強い知的好奇心をもつということだし,知を満たそうとする欲求は,肉を生かすための欲求以上に大切なことだと思う。 食べるために動物を殺すことと,知識を得るために動物を殺すことは,どちらも同じくらい重要だ。 

 動物の肉を調理して食べるときは,それなりの敬意をもって食べる。 殺された動物の筋肉や脂肪が私個人の生命のエネルギーとなり,肉棒,いや肉体となるからだ。
 同様に,生物実験のために動物を解剖するときは,敬意をもって執刀する。 殺された動物の体のしくみや生理機能は私の知識となり,それが新たな知識を産んで人類の英知となる。 個人の肉体は個人の肉体でしかないが,個人の知識は全人類の知識となりうる。 人にとって知というものは,肉よりも大切なものだと思う。

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